鎌田哲哉/「叢書重力」刊行によせて


 松本圭二の『アストロノート』を嚆矢とする「叢書重力」の刊行は、後戻りのできな い決定的な一歩である。それは、「重力」編集会議が狭義の編集工房的段階を離脱し て、営業販売を含む出版流通システムの全段階で、その活動を自立的に進化=深化さ せることを意味している。我々は今後、叢書やブックレットを始めとする全ての発行 書籍について、既存の流通慣習への依存を可能な限り改める(具体的には、再販委託 制のオルタナティヴとしての低正味買切制+自由価格制への全面的な移行を目 指してゆく)。また我々は、参加主体が徹底して機会均等的=地方分権的でありなが ら、出資はもちろん企画や発言の責任をも自らが実名で負う小出版組織の確立を通じ て、新聞文芸誌その他の社畜の暴力とインターネットの匿名の暴力を一挙に同時に 駆除しようとする。

 既成事実への屈服と自己検閲に抗して、「なかったこと」にされた諸問題を存在させ る試み。みかけ上小さな事柄を戦うことがそのまま、社会の不正全体への異議につな がる普遍的問題提起の反復。「叢書重力」の下部構造の構築は、これらの批評的実践 をより強固に、持続的に可能にするだろう。「重力」編集会議の進路は、公開的な記 録と多事争論、とりわけWEB上で頻出する恣意的とんずら=リセットを許容しない 活字出版の自由こそ、社会の同質化圧力に対する最も強力な批評原理であることを改 めて証明するだろう。だが、「重力」が何をいかに正当に批判しようが、社会は我々 に対して多彩な権力の行使を決して停止すべきでない。直接的でわかりやすい弾圧であれ、緩慢で散文的な黙殺であれ、我々に躊躇し遠慮する 必要は少しもない。それらは本質的な文学者や科学者を繰り返しテストする永遠の試 金石であり、「重力」が何ものかである限り、我々も一切の困難を突破して自 らの使命を頑強に遂行するはずだからだ。人間は誰もが自らに必要な事柄を自らに必 要な仕方で試みる。だがその時に、口先や割引や詐欺的はったりで何かをしたことに する自己欺瞞を我々は最も望んでいない。――「重力」編集会議は、遍在する自己欺瞞の 無重力から自らを断ち切る、勇気ある読者との出会いを待望している。